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私の心の旅/人生の目的発見

◆ 2−13 人生の目的発見1

 /誉犬量榲と仕事

 大学を出て就職した直後から、自分の人生について考えはじめ、この会社に居て良いのか、生き甲斐とは何か、人生とは何か、夜も眠れないほど考え、悩んだ事をお話ししました。そして、31才で自分の会社を創立してしばらく後に、生き甲斐とは何かというテーマを考えることは全く無くなっていたことに気づいたとも書きました。

 しかし、まだ何のために生きるのか、という問題についての解答を見つけることはできませんでした。無我夢中で仕事をしていた時期、特に最初の3年間、その後の4年間というものは全く余裕が無かったために、本を読むことすら無かったと思います。

 創立時は20坪の事務所兼工場でしたが、7年後に60坪になっていました。そして創立8年目に、更に100坪の床面積を新たに増やしたのです。ですから、人も増え、私個人の収入もかなり増えていました。

 その頃から、自由な時間が増え、次第に様々な本を読むようになりました。政治経済の本、成功哲学、社長の帝王学に関する本などです。

 収入は増えた、これからは贅沢をし、余暇も楽しんで、老後を楽に送りたいか、それが人生の目的か、そう考えたとき、どうも違うように思えます。余暇というものも、仕事があって楽しいのではないか、そう思えます。

 余暇と仕事の違いは何か。余暇は好き嫌いでやるもの、だからやりたいときにやるが、やりたくないときにはやらなくて良い。仕事は、本来好きでなくてはできないものですが、好き嫌いを超越してやるもの、ですからやりたいからやるのではなく、やるべきものだからやる。

 また仕事はプロの道です。どんな人でも仕事を一筋にやった人は必ずプロになります。プロと素人の違いは何か。プロは必ず成功するやり方、上手に仕上がる方法、周囲と調和する手段を知っています。ですから、素人と決定的に違うのです。料理でも、美容でも、大工さんでも、左官屋さんでも、あらゆる職業のプロが居ます。

 主婦業もプロとアマがいると思います。時々、子育てに失敗した人などの話が、いろいろと紙面やニュースを賑わす昨今です。仕事は、この世に生を受けた人の、最も大事な魂の砥石であると思います。仕事を通じて、心が成長し、魂も進化する、そういう神聖なものであるという理解が必要だと私は考えています。ですから、単なる労働の対価という考え方に私は賛成できません。

 プロの道を追求することは、その人の智慧と精神性を限りなく高めていく要素が含まれているわけですから、老後に楽をすることが私には楽しいとは決して思えなくなったのです。ですから、体力の続く限り、一生現役を続けたいと考えるようになりました。つまり、人生を楽しむとは、一生、自分を高めていくことであると気がついたのです。

◆^貔古慘呂鯊海韻襪燭瓩砲蓮△△寮い鷲ず存在しなくてはならない

 しかし、もう一つの問題が浮上します。では、自分を精神的に高めていくとして、死んだら何も残らないとしたら、何のために自分を高める努力をするのか、それは空しいのではないか。死後は無であるとしたら、無になるために努力なんかできないだろうか。

 死後はあるのか無いのか、何のために自分を高めたいのか、それは死後も自分が存在しなければ無意味では無いのか、そう考える日々が続きました。

 そして、ある時に一冊の神理の本に出会い、数ページを読む内に私の胸の鼓動は高まり、心の琴線が共鳴し、一挙に涙が溢れ、喜びに満たされました。今から19年前の事です。その本から伝わる波動がそうさせたのです。これは、本物だ、自分が探し求めていたものだ、それが直感としてすぐさま理解できたのです。

 以来、懸命に神理に関する様々な本を読み続けました。今もそうです。しかし、読むだけではなく、考え、洞察し、神の心を推察する、そういう日々を送るようになったのです。そして、私は数万年に一度というとんでもない時代に産まれたことを知りました。

 ということは、私だけでなく多くの人々にも言えることですが、この世で生き、仕事をする以外に、第三の人生の目的が無くてはならないことになります。

続く

ランキングに御協力を http://airw.net/newage/rank.cgi?id=kumano

参考 心と脳 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/mindindex.htm
    霊と魂 http://www.the-seven-seals.jp/spiritworld/spiritindex.htm

posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 人生 | 10:44 | comments(0) | trackbacks(0) |-
私の心の旅/秩序の構築4

◆ 2−12 秩序の構築4

─.▲屮痢璽泪觴勸

 時はバブルの絶頂期、人材を募集してもなかなか人が集まりません。猫の手を借りたいほど忙しいので、良い人材が集まらなくて、苦労していた頃の事です。

 ある時、組立係として若い男子を採用しました。面接の時は、さほどおかしいとは思わなかったのですが、これがとんでもない社員でした。

 工場の一階でトイレに入り、何気なく窓から外を覗くと、奇怪な物が外にありました。白い陶器の蓋のようなものです。ふと気づくと、水洗トイレのタンクの蓋がありません。何故無いのか、そして外の奇怪な物体は何か、その二つが結びつくまでしばし時間が掛かりました。

 何と、奇怪な物体とはタンクの蓋だったのです。誰がやったのだろう???? いろいろ情報を集めていく内に、ある社員の動向がおかしいという事が分かりました。その社員は、大事な機械部品を持ち上げて、みんなが見ている前で床にわざと落とし、にやにやするらしいのです。

 またある時、出張から帰ると、社長大変でしたよ、と一番に言われました。灯油が倉庫の床にまかれて、みんなで大騒ぎ、あわてて掃除をしたという事でした。即座にやめてもらいました。

 またある時、なかなか人材が採れないので、設計要員として派遣社員を採用しました。ところが大した戦力にならず、教えながら仕事をしている内に、またいろいろと奇怪な話を聞くようになりました。

 時間になると、事務所ではお茶を飲みながら仕事をしますが、その人は誰も見ていないときに、いろんな人の湯飲みを口にするらしいのです。それで、皆、気味が悪くなり、社長どうにかしてください、と言うわけで、真偽を問いただし、やはりやめて貰ったことがあります。

 またある時、電気関係の設計ができるというので、採用したところ、どうも様子がおかしい。教えても、きちんと理解ができないようなのです。とんでもない嘘つきを採用してしまったと後悔しましたが、やはりやめて貰うしかありません。

 しばらくして、その人はバイクで配達の仕事をしているのを見かけました。どうやら、気楽な気持ちで応募したらしいのですが、こちらも人が欲しいので、よく確かめもせず採用してしまったという事です。しかし、それほど人が居なかったのも事実です。

 バブルの絶頂期は、年間数百万の広告費を使って、ある一定の学歴や経験者を募集しても、応募者は皆無という時でした。その後は、若干緩和されてきています。この急速な経済不況に至るまでは欠員が出る度に組立や事務員を募集すると、定員の10倍以上の応募も珍しくはありませんでした。

 しかし、真に有用な技術者は、なかなか来てくれません。そこで、私はこの世界大恐慌を待っていたのです。「資本主義の崩壊」で述べたように、私の計画では今から二年後、経済が最悪の時、たとえ赤字経営であろうと、徐々に有為の若者を採用していき、各部門の後継者として育てたいと考えています。

 果たした、私の計画は実現するか、しないか、実現しなければ私の会社はやがて衰退の一途をたどることになります。

続く

ランキングに御協力を http://airw.net/newage/rank.cgi?id=kumano

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posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 人生 | 14:08 | comments(0) | trackbacks(0) |-
私の心の旅/秩序の構築3

◆ 2−11 秩序の構築3

А〆陵僂靴人眛やめていく事が続く

 またこういう事がありました。パートとして採用した女子社員が、採用の翌日やめていくということが何度かありました。新聞広告、面接、選抜を経て採用した人ですから、大損害です。

 何故だろう、他の社員に聞いても全く原因が分かりませんでした。ところが、ある時、何年か働いていた社員がやめるというので、どうしてやめるのか、何か気に入らないことがあるのであれば遠慮無くいって欲しい、原因を探ろうとして私も必死でした。

 そうすると、涙を流しながら重い口を開いてくれたのです。結論は、いじめ???だったのです。相手の方は、仕事の良くできる人でしたし、我々男性から見ると大変愛嬌のある人でしたので、まさかと思いました。たぶん新人の仕事ぶりにいろいろと親切心で指導したのだろうと思いますが、本人は気がつかずとも、その言い方や指導の仕方にとげがあったり、相手が嫌がるような言い方をしたのでしょう。

 まあこういう事があって、女性だけで仕事をさせると、非常に良くないということを知りました。そういうわけで、なるべく工場や事務所では男女が混在して働くように心がけるとともに、新人に対する最初の指導は管理者が直接行う事にしました。やがて当の本人は、何事も知らず、別の理由でやめていきました。

 やはり女性は男性の目を気にし、男性は女性の目を気にする、そう神様はお造りになったのでしょう。その方が、男性も女性も活き活き働けるようです。

 余談ですが、定年退職後、当社における第二の定年80才まで働いた男性パート社員が数人、またそれに近い年齢まで働いた男性パート社員も何人か居ましたが、皆さん仕事を非常に楽しんで居たように見えました。

続く

参考 心と脳 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/mindindex.htm
    霊と魂 http://www.the-seven-seals.jp/spiritworld/spiritindex.htm

posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 人生 | 18:20 | comments(0) | trackbacks(0) |-
私の心の旅/秩序の構築2

◆ 2−10 秩序の構築2

ぁ〜歃1

 なにしろ、外見は昔の工事現場のプレハブの建物、それが工場兼事務所ですから、冬は寒く夏は暑い、おまけに隙間がありますから、ホコリが入りますので、すぐに机や作業台の上がざらざらになりました。

 始業前に床とテーブルの掃除をしていましたが、工場を広げるに従い、だんだんと一人当たりの負担が増えてきました。そうすると、始業前に掃除をするのが不満になる従業員も出てきます。当然、手を抜く人も出てきます。

 一週間に一度ぐらいで良いのでは無いかと提案する人が居ました。その人は、現在の幹部の一人ですから、如何に感覚がずれていたか、そのために私は良く覚えています。そこで全員を集めて話をしました。

 整理整頓と掃除が仕事以上に如何に大切か、そういう話をしました。汚れた仕事場では、人の心の中も汚れてきます。そうすると楽しくありません。当然、仕事も丁寧にできなくなります。また細かいところに気持ちが行き届かなくなります。従って、会社は目に見えない損失を生むことになります。社員も会社も損失を被ることになります。

 会社の経営においては、目に見える損失よりも、目に見えない損失を産んでいないか、よくよく注意が必要です。整理整頓、清掃は極めて大事な仕事なのです。

ァ〜歃2

 またこういう事もありました。創立以来、私が先頭に立って毎朝の掃除をしていたのですが、私は早く終わらせたいために、ものすごく忙しく体を動かして、どんどんやるらしいのです。それが、他の社員にとっては、落ち着いて自分の掃除ができないらしいことが分かりました。ある時、社長は掃除なんかしないで欲しい、我々の仕事が無くなるし、丁寧に掃除ができないのでやめて欲しい、と言われてしまったのです。

 それ以来、社員を信頼して、朝の掃除を任せることにしました。掃除をしているときに、見回ることもしていません。

 笑い話の様なこともありました。事務所では、毎朝、ゴミ箱の中身を収集しています。考え事をしながら、机の上の紙ペラを捨ててしばらくして、数字を書いた大事なメモだった事に気づき、あわててゴミ箱を覗くと、もう何もありません。

 そして、収集したゴミ袋をひっくり返して、メモを探す事になります。それ以来、メモは何気なく机の上に置かないようにし、テープで必ず留めるようにしています。そうすると、一瞬の注意力が働いて、捨てて良い物か、良くないか、正確な判断をする瞬間が持てるからです。

Α.乾瀏△涼罎鯒舛大会社の社長

 こういう話をホンダ系列の会社の従業員から聞いたことがあります。ホンダの社長は各地の工場をヘリコプターに乗って視察します。視察予定の工場では、隅から隅まで清掃して社長の視察を待ちます。ところが、ある工場で降り立つやいなや、社長はまっすぐに近くのゴミ箱に近づき、中を覗いて、一枚の布を取り出しました。

 機械の油を拭くためのウエスと呼んでいる物です。通常は、何度も洗って使います。「こういう物を捨てている工場をこれ以上見て回る必要はは無い」と言って、帰ってしまいました。一を見て、十も百も知る、こういう事は幾らでもあります。

 皆さんは、掃除´△箸海力辰ら何を考えますか。掃除を徹底したり、一枚のウエスを大事にするのは何のためであるか、分かるでしょうか。一枚のウエスの値段は安いものです。そうすると、こういう人が必ず出てきます。洗って再利用すると、人件費が掛かるからもっと費用が掛かる。掃除だって、社員がやるよりも、掃除のおばさんを雇った方が安い。と言うわけです。

 こういう事です。一枚のウエスを大事にできる心は、あらゆる精密かつ細かい部品、その組立、管理等、様々な分野で仕事をする人の心を、次第に繊細で易しい心として醸成していきます。つまり、社員のモラルが向上し、全ての仕事の流れがスムースになる、従って見えない利益を上げていく、会社に貢献する、利益が上がる、利益の一部は社員に還元される、こういう意味があるのです。掃除も同じです。

続く

参考 心と脳 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/mindindex.htm
    霊と魂 http://www.the-seven-seals.jp/spiritworld/spiritindex.htm

posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 人生 | 17:23 | comments(0) | trackbacks(0) |-
私の心の旅/秩序の構築

◆ 2−9 秩序の構築1

 会社創立時は、全くの世間知らずでした。そういう人間がいきなり人を使うようになったのですから、技術よりも人から学ぶことが多かったように思います。細かいことは沢山ありますし、愚痴に近いことも多くありますが、参考に書いてみましょう。

 .織ぅ爛ード

 数人の女子パート、事務員を雇うようになってからです。タイムカードがありませんでしたので、自分でノートに記録して、集計して、それに対して賃金を払っていました。最初はうまくいっていました。ところが、少しアバウトな人が入社するとおかしくなりました。

 多少遅刻しても、定刻退社時に数分長く働けばいい。それがこうじると、数分ぐらいの遅刻は良いだろうとなります。そういう人が一人でも居ると、社員同士が疑心暗鬼になり、互いが気まずくなっていきます。そしてとうとう、あの人はいい加減にノートに記録している、と私に直に言うまでになりました。

 なるほど、これはいかん、とうことでタイムカードを設置し、一分でも遅刻は遅刻として処理し、15分単位で給与から差し引く、そういうシステムに変えました。また、自分の時計とタイムカードの時計がずれているとか、そういう人も出てきます。ですから、タイムカードの時計が全てです、そういう就業規則を創ることになります。

◆\濯機、自転車

 数人の男性だけの会社の時は、多少汚い手ふきであろうと、頓着しませんでした。しかし。女子事務員が入ったりすると、私が家でついでに洗ってきますから、と言ってくれて、では御願いしますというわけで、しばらくは大変うまくいっていました。

 ところが、新人が入ると、交代制になり、何で私だけがしなくてはいけないの、仕事とは関係ないジャン、そうなりますから、またお互いが気まずくなります。そういうことに男性は気づくのが遅いですから、気がついたときは一悶着あった後です。

 また商店街まで、文房具や諸々の必需品を買いに行かせると、近いところでしたが、自分の自転車で行くと言います。今度は別の人が行くときに、何で自分の自転車を使わなくてはならないのか、自転車が減るジャン、まあこうなる気持ちは理解できます。

 そこで、洗濯機を買い、自転車を買うようになります。そして、就業規則に追加されます。

 経理

 経理ができるという人を採用しました。その人はそろばん一級、当時はそろばんがまだ主流の時代です、これは頼もしい、それがしばらくすると一変しました。

 とにかく、おしゃべりが好きでたまらない人でしたので、何度も注意しましたが、直りません。そろばんをはじきながら、おしゃべりをする特技があったのです。これは失敗した、と思いましたが、そう簡単にやめて貰うことはできません。

 案の定、記帳と計算が至るところで間違っていたのです。当時は、パソコンではなく振替伝票というものをまず起こし、それから元帳に記入していきます。そして、借り方と貸し方の合計額が合わないときは、どこかに間違いがあるわけです。

 毎月、一度仮の決算をしますが、毎回間違っているのですから、たまりません。本人は時間が来たら帰ってしまいますから、結局は私が自分でその誤りを探すことになります。1ヶ月分の伝票と記帳を見直すのですから、大変でした。

 ある時は、百万円単位で間違っているのですから、泣きたくなります。しかし、私はそのおかげというか、間違い探しの訓練のおかげで、経理のシステムをいやというほど頭に叩き込むことができたのです。ですから、今でもお金と物の流れをしっかりと把握しています。

 これは、機長がリアルタイムで計器を見ながらジャンボ機を安全に快適に運航するのに似ています。計器が会社では経理に相当するからです。経理が正しく分からない社長は、計器の見方、また何を表示しているか理解できない機長と同じであり、乱気流で、また離着陸時に、事故を起こすことになります。

 その人が、出産のためにやめてくれたときは、本当に救われたと思いました。

続く

参考 心と脳 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/mindindex.htm
    霊と魂 http://www.the-seven-seals.jp/spiritworld/spiritindex.htm


posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 人生 | 10:13 | comments(0) | trackbacks(0) |-
私の心の旅/真っ暗な闇にかすかな光を探す努力

◆ 2−8 真っ暗な闇にすかな光を探す努力

 細かい技術上のトラブルは数知れないぐらいあります。むしろ、設計した通りに機械が動いたことは一度も無いと言った方が正確な表現です。設計通りに動かない機械を動かすようにするのが、本当の技術力であるとさえ私は考えています。

 技術的に非常な大きなピンチも何度かありました。悪くすれば、お金をもらえないばかりか、それまで投じた時間、労力、製作したり購入した部品、それらが全て無駄になっしまう。最大の苦痛は信用を無くしてしまうことです。

 顧客は何ヶ月も前から、その機械が完成することを前提として、ラインの構築をしているのですから、もし納期までに完成して動かなかったら、もう二度と仕事はもらえないでしょう。ですから、それだけは絶対に避けなければなりません。

 創立後一年ぐらいの時、納品した製品が、一日数千回動作するのですが、一週間ぐらいで重要な部品が壊れてしまうトラブルが起きました。直ちに予備の部品と交換し、次に壊れるまでの一週間ぐらいの間に、原因を突き止め、その部品を改良しなくてはなりません。原因を見つけるのは大変に困難でした。簡単に言えば、購入した部品の製造工程に原因があったのです。

 またある時は、一週間に一度、納入した機械の調子が悪くなる、その度に夜中に修理に行く、これを半年間続けたときにはさすがに精神的に追い詰められました。原因をいろいろ調べた結果、第一原因はその会社の製品に封入している潤滑油を、空圧部品の潤滑油として使用していたからです。そうして、ゴムシールが膨潤して作動不良を起こしていたのです。

 しかし、それだけでなく機械内部に茶色の粉末が貯まり、やはり動作不良を起こす。結局は、供給されている窒素ガスの中に僅かに含まれている粉末が、内部に堆積するらしいことが分かりました。結局は、機械の設計段階では全く分からないことであり、正に想定外の事でした。こういう事は結構多いのですが、原因がわかるまで大変な時間が掛かります。

 しかし、担当者が言ってくれたのです。「夜中でも修理に来てくれる、ありがたい。お金を追加で出すから、根本的に改良して欲しい。」この言葉には本当に救われました。

 この様な経験を何度も何度もしてきたのですが、特に大きなトラブルは、その原因が純粋に技術的なことではなく、機械の使用条件や使い方、また設計段階では予想できなかったことなどが原因で発生している事が多いのです。

 精神的に追い詰められ、それでも逃げるわけにはいきません。技術というのは絶対にごまかしができないのです。駄目な物は、駄目なのです。追い詰められて出口が見つからない日が続くと、本当に闇に包まれたような心境になります。しかし、そこで気をゆるめたり、思考停止になると、技術者としても経営者としても脱落することになりますから、私は真剣でした。寝ても覚めても考える、それこそ脳みそを絞り出すぐらいに考え続けるのです。

 原因を必ず見つけてやるという、いや必ず見つかるという信念だけです。しかし、前回、石の上にも3年と言いましたが、真っ暗な闇をじっと見つめていると、ある時、小さな弱い光にふと気づく、インスピレーションです。そして、その小さな光を見つめていると、次第に大きくなり、やがてハッキリと原因が見えてくる、いや心の目で観るという感じです。

 私は、そういう経験を通して、とことん考える、闇夜の光一点を求めて考える、そういう訓練を会社創立直後からいやというほどやって来ました。ですから、今でもどんな状況でも考えることを大事にしています。考え続けていると、いつか瞑想状態になり、半分寝ているようなことが良くあります。それをくり返す内に、ふとインスピレーションが働き、問題の原因を明瞭に観ることができるようになります。

 神理を学んでから、インスピレーションの原理を知りました。表面意識でまず最大限の努力をすることです。やがて、その念いは潜在意識に浸透し、守護霊様、指導霊様が適切な時期にヒントを与えてくれます。あくまで、ヒントです。それが、闇夜のかすかな一点の光なのです。そのかすかな一点の光に気づくか気づかないか、気づくためには心の湖面が無色透明、また波風のない状態が必要です。ふとしたときに気づくとは、そうした状態の時です。

 闇夜に一点の希望の光を見出したならば、それが大きな明かりとなり、自分の心を明るく照らすまで、問題解決の道筋を切り拓いていく努力が更に必要です。しかし、糸口が見つかれば、それは比較的容易にできるはずです。これが自力と他力の関係です。最初から、守護霊様に御願いしても、そう簡単に助けてはくれないでしょう。それでは、地上に生まれた意味が無くなってしまいます。

 インスピレーションがあった、お告げがあった、これを鵜呑みにすると大変危険なので注意しておきます。天国から来るインスピレーションと、地獄から来るインスピレーションと、二種類ありますから、自分の心の状態を点検すること、またその内容が真に正しいものかどうか、見極めることが大切です。

続く


参考 心と脳 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/mindindex.htm
    霊と魂 http://www.the-seven-seals.jp/spiritworld/spiritindex.htm

posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 人生 | 11:20 | comments(0) | trackbacks(0) |-
私の心の旅/石の上にも三年

◆ 2−7 石の上にも三年

 創業した時期は、丁度、高度成長期の後期であり、人件費が次第にコストを圧迫しつつありました。そして省力化・自動化が叫ばれ始めており、また生産技術が飛躍的に進化する直前の時代でもあります。

 会社設立までの数週間、毎日書類作成に追われました。当時は、株式会社設立のハードルは今より高く、資本金は幾らでも良いというわけにはいきませんでした。発起人は7人必要であり、自己資金だけではとうてい足りないのでいろんな人に御願いして500万円を用意しました。

 最初は手形を振り出す事はできません。信用が無く、誰も受け取ってくれないからです。ですから、全ての仕入れは現金決済でした。しかし、仕事の対価は一部を除いて全て受け取り手形ですから、それを現金にしなくてはなりません。

 有名一部上場の会社の手形ですら、銀行に持ち込んでも、容易には割り引いてもらえない、そういう時代でした。現金が欲しいのに、逆に定期預金をさせられたり、根掘り葉掘り聞かれたり、何度もいやな思い出があります。なにしろ、汚い作業服を着た人間が、松下とかビクターとか、一部上場会社の額面数百万の手形を持っていくのですから、疑われたのかも知れません。

 仕入れから、製品が完成し、客先の検収が終わり、手形を受け取るまで、下手をすると5ヶ月ぐらい掛かりますから、500万円の資本金はみるみる減っていき、設立半年語に10万円まで現金が減りました。

 それから、本格的に回収が始まり、ようやく水平飛行に移ることができましたが、相変わらずの低空飛行ですから、いつ墜落して資金が底をつくか、受注と設計と回収の狭間で、また毎月の仮決算では赤字になったり多少黒字になったりと、毎日が薄氷の上を歩いているような心細い心境でした。

 当初、何しろ実績がないだけに、良い仕事を取ることはできません。ですから、単価の安い仕事でも仕事があるだけで喜んだものです。また受注できる仕事は、経験のない仕事ばかりですから、技術的なトラブルの連続であり、それでもそれを完成させなくては検収をあげてもらえません。

 初めての技術への挑戦は、問題解決に長い時間を要します。しかし納期が決まっていますから、寝る時間を減らしてでも仕事をするしかありませんでした。パートの時給より安い単価で、月に400時間ぐらい働いていたと思います。家にはただ寝るために帰る、そういう日々が続いたのです。家に帰る時間も惜しく、徹夜したり、会社で寝泊まりすることも良くありました。

 仕事が無くなるたびに、こういう日々がいつまで続くのか自問し、心の中をすきま風が吹くようなそういう感情に襲われることもありました。ところがです、石の上にも三年とか言いますが、本当にそうだったのです。三年の間に、知らず知らずのうちに信用がついていました。また必死で働きましたので技術の蓄積と向上は著しいものがあったのだと思います。

 こんな仕事ができるんだったら、もっと良い仕事があるよと、顧客から言ってくれるようになりました。そこから単価の高い、また総額の高い装置や測定機、次第に自動組立機のような高度な技術を要する機械を受注できるようになっていったのです。

 友人が、二代目として浜松の鉄工所を経営していましたが、歯切りをした自動車部品の歯幅を精密に測定する簡単な装置を造って欲しいと彼に言われました。格安で造ってあげて、彼の会社で使用していました。工作機械のかたわらに置いて、できあがった部品を即座に全数を測定し、もし不良品が出た場合は、直ちに機械を調整するために使っていたのです。

 彼の工場を見学に来た親会社の社長がそれを見て、すぐさま私の会社に電話が掛かりました。早速伺ったところ、5、6人の生産技術者を呼んで、この会社に何か仕事を出せ、そう言ってくれたのです。またその直後、私の会社、と言っても20坪のプレハブ、よく作業現場にあるような汚い建物ですが、そこへ社長は技術者数人をつれて訪れ、宜しく頼みます、とわざわざ表敬訪問までしてくれました。

 それでも、経験のない技術への挑戦は続き、同時にそれはトラブルの歴史でもありました。そして、仕事量が増え、作業量が増えると、同時に儲かるようにもなります。3年を過ぎた当たりから人を次第に採用するようになりました。

 そこから、また様々な問題に悩まされるようになったのです。

続く

参考 心と脳 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/mindindex.htm
    霊と魂 http://www.the-seven-seals.jp/spiritworld/spiritindex.htm

posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 人生 | 09:09 | comments(0) | trackbacks(0) |-
私の心の旅/そして創業

◆ 2−6 そして創業

 31才で会社創立に至った経緯をお話ししました。人生の目標を求めての苦悩でしたが、別に苦悩一杯の顔をしていたわけでは無かったと思います。それなりに、楽しい独身時代を過ごせたと思います。そして、この時は既に結婚していましたし、長女も生まれていました。

 ただ、心の中では、いつも何かを考え、何かを求めていました。既に会社を3つ経験し、とうとう4つめは自分で会社を作ることになったのです。簡単に言うと、もう行くところがなくなった、そういう言い方ができます。

 その時《今ならば、必ずうまくいく、打ち寄せる波に小舟を漕ぎ出せば、すーと沖へ行くはずだ》、そういう不思議な心境でした。大学を卒業して以来、ずっと考え続け、独立するという心が次第に醸成され、その機会が今きた、そう感じたのです。

 会社創立時、私は経営に関して何も知りませんでした。専門である機械設計においても、大学を出て9年余りたっていましたが、正味の経験は7年ぐらいだったでしょう。ですから、帳面の付け方、手形とか、小切手とか、そういうものは全て、創立後に走りながら勉強したのです。また専門の技術も経験もまだ未熟そのものでした。

 さて、会社はどうすれば創れるのか。家内の父に聞いたところ、良い人を知っているよ、と紹介された人が、日銀出身で戦後の財閥解体の仕事をし、大手水産会社の専務をされた経歴をお持ちでした。

 新宿、安田火災ビルの最上階、広い役員室に案内され、新宿御苑と町並みを一望に見渡しながら、「こういう話は、見晴らしの良い高い場所でしないとね。」と言われました。そして、「窪田さん、会社なんて創るのは簡単ですよ、本屋に売っていますから」、と言われたのです。確かに売っていました。全ての書類を網羅し、説明書付きの法令集を売っていたのです。

 経理もその人に教わりました。更に監査役を引き受けてくださり、株主にもなっていただけました。損益計算書はわかるとして、貸借対照表の原理はなかなか理解に苦しみました。しかし、実際にやっている内に、なるほどすばらしく良くできた会計システムだという事が次第にわかったのです。

 その方に、封筒は二度使うように、一円でも無駄にしないように、収入以上の支出をしないようにと、《それさえ守れば、会社は潰れません》、当たり前のことですが、この様に教えられました。

 その当たり前の事ができていない、その最たるものが国家であり、自治体であるのです。資本主義崩壊で述べましたように、今は、企業の存亡の危機ですが、国家財政破綻が顕在化するカウントダウンは既に始まっています。

 話がそれましたが、創立後、心に一大転換があったことに気がつきました。それは、《やりがい》について、一切心に浮かばなくなっており、もはや考えることをしていない自分に気がついたのです。

 それはすなわち、やりがいを手に入れたのであり、その懐に飛び込んだからに他なりません。これから起きることの一切は自分の責任であり、自分で蒔いた種は刈り取らなくてはならない、そうです、誰を頼ることもなく、自分で切り拓いて行かなくてはならないのです。そして、努力次第で、その成果を上限無く獲得することが可能になります。当たり前のことです。

 大学を卒業して以来、あれほど求めていた《やりがい》をとうとう得た。しかし今考えると、それは私の《心の旅》の始まりに過ぎず、実際の仕事においても苦闘の連続だったのです。(当時は、苦闘という意識すら無かった、それほど生きるか死ぬかの真剣な毎日でした。)

続く

参考 「心の傾向性の修正方法」 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/4-7mentalcorrection.htm


posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 人生 | 09:47 | comments(2) | trackbacks(0) |-
私の心の旅/零細企業の1年半

◆ 2−5 零細企業の1年半

 そこは木工所を改造した限りなく普通の家に近い工場であり、私達技術者五人は六畳の押し入れのある二階にそれぞれ机一つが与えられました。しばらくして六人になり、果たしてこんなところで何ができるのだろうかという念いはありましたが、いやここを出発点として未来を切り拓いていくのだという念いで、全員が心を一つにしていたことは間違いありません。

 さらに、一人当たり100万円を資本金としてその会社に投じました。今から、30年以上前の話です。1ヶ月10数万円で、何とか家族を養えた時代の100万円です。しかし、そのお金はすぐに借金の返済に消えていったことを後になって知りました。会社の経営というものについて、まだ私達は何も知らなかったのです。

 入社して一年ほどは、いろいろな機械や測定機を受注しては設計・製作しました。大手の鉄鋼メーカーにおける、造船用の分厚い鉄板の自動溶接技術の開発に私は参加し、一定の成果を上げられた事は大変思い出に残っています。何故ならば、吹けば飛ぶような会社でありながら、そういうことができたとという事実は非常に重いものがあります。

 しかし、経営内容は火の車、自転車操業、借金の山、というのが実態であることが次第に私にもわかるようになりました。常務はいつもうんうんうなりながら、頭をひねり、資金繰りに苦しんでいたのです。ある時、私に尋ねました。金融機関からお金を借りたいんだけど、なんか良い智慧はないだろうか、いま何を開発しているか教えて欲しい、それを材料にお金を借りようか、こんな具合です。

 あるとき、押し入れを開けたら、雑多なものに紛れて一枚の封筒が出てきました。開けてびっくり、小切手が入っていたのです。また、事務員と経理担当者が、計算が合わない、と話をしているのを側で聞いていたのですが、なんと半年前の計算が合わないと話していたのです。そして、この会社はもうすぐ倒産すると直感しました。

 入社後約一年、皆の努力のかいもなく、社長はもう駄目だと皆に話しました。そして、四人は退社し、別の就職先へと移っていきましたが、私ともう一人は、どういうわけか更に残って、本当に倒産するまでの経緯を観る事になったのです。

 ある時、社長は私に代表者印を預けて、私が持っていると危ないから、窪田君しばらく頼むよと言われました。そして、経理担当者からはある手形を私に渡し、会社に置いておくと債権者に持って行かれるから、窪田君がこれを預かり、期日が来たら銀行で現金化し、従業員へ給与の一部として支給して上げて欲しい、そう頼まれました。

 そうして、振り出し手形の不渡りを二回出した後、銀行取引停止、倒産しました。半年前、仲間が四人退社した後ですが、私は心の準備が次第に整いつつありました。その間、給与は数ヶ月分支給されていませんでしたが、私は会社の倒産という事実をしっかりと観たかったのです。

 会社を整理しているある時、女子事務員に聞きました。「経理って難しいのですか、どれぐらい勉強すればいいのか」、という質問をしたのですが、「簡単よ、それより仕事を取ることの方が大変よ」、と言われ、なるほどそうか、ではしばらく考えるのをやめようと、そう思いました。

 会社整理と同時に独立する決心が固まりました。今まで、日本を代表する大会社、上場ながら中小企業、そして零細企業を経験し、倒産する経緯をしっかりと経験してきました。出資した100万円を惜しいとは思いませんでした。私にとって、お金には換えがたい、経験のための授業料となったのです。

 こうすれば、会社は倒産する。従って、こうしてはならない、それがハッキリとわかったのです。

 ”ず収入の範囲で支出を決める。
◆[付けの無い借金はしてはならない。
 経理は完全でなくてはならない。
ぁー卍垢蓮¬椶妨えないお金の動き、物や人に化けているお金の動きを、リアルタイムで把握していなくてはならない。

 そして、創業の心構えが整いました。もう一人の人間を説得することにも成功しました。そして、海図のない海原へこぎ出す小舟に似て、幾多の嵐に遭遇したりすることは当然あるだろうが、必ず成功するという気持ちに満ちあふれていました。

 そして、私は沖へと漕ぎ出したのです。

続く

参考 「心の傾向性の修正方法」 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/4-7mentalcorrection.htm

posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 人生 | 09:30 | comments(0) | trackbacks(0) |-
私の心の旅/ある中小企業の五年間

◆ 2−4 ある中小企業の五年間

 最初の就職が失敗してぶらぶらしているとき、かつての学友にふと出会いました。そして、彼が就職した中小企業の見学を勧められ、行ったところ、彼の上司が会社を案内して、現在の研究内容も話してくれました。「ところで、いつから来てくれる」と問われ、ついうっかりと「二ヶ月後から」と返事をしてしまいました。

 私は、流体力学と制御工学に強い興味を持っており、その関係の研究開発へ従事することを約束してくれたからです。当時、政府の補助金をもらって花形???テーマの開発を進めていました。その開発に3年間ぐらい携わることができ、本当に勉強になったと思います。実を言うと、その時の技術の延長線上に今私が取り組んでいるロボットの開発があるのですから、大変お世話になったと言うべきでしょう。

 五年間には様々なことがあり、楽しい独身時代を過ごしていました。しかし、《やりがい》については考え続けており、何かを自分でやりたいという気持ちが膨らみ始めていました。ですから、何かに備えてというよりも何気なく、入社直後から給与の半分と賞与の全額を貯金し始めていたのです。それが、やがて次の転職先の授業料と、その次の会社創立のための資本金になろうとは、当時知るよしもありませんでした。

 入社以来、夜遅くまで開発に専念していましたので、労働組合が労働協約違反だと上司を問い詰めた事があります。私は別に苦では無かったし、むしろ楽しく仕事をしていましたので、上司もかなり困ったようでした。結局、組合は特例として認めてくれたようです。結婚後も相変わらず、家に着くのは11時頃と遅い毎日でした。しかし、ある日突然、その状況が変わったのです。

 第一次オイルショックです。会社の業績は著しく悪化し、希望退職でどんどん人がやめていきました。同時に、開発はストップし、一年以上何の仕事も与えられない時期がありました。仕事をしないで給料を貰っていたのですから、肉体的には楽でした。残業は一切無し。家に帰っても、まだ日が高い。

 《やりがい》を追求していた私にとって、また同僚達も同様に、それは精神的にかなり苦しい体験でした。自分で勝手にテーマを見つけて、仕事をしているふりはしていましたが、人の役に立たないばかりか、何も生産的な事をしないで給料を貰っているというのは、耐え難いものがあります。そんな日が続く間に、同じ悩みを持つ同僚達と終業後に勉強会を社内で開催するようになったのです。

 中小企業の限界も知り、この会社で自分の一生を思い描いても、先が見えるような気がしてきた時期でもあり、当初の純粋な技術勉強会は次第に会社創立研究会に変わっていきました。役員にも目を付けられたことがありますが、独立することで全員が一致し、それから一年間、在職しながら、いろいろな調査研究を行いました。

 しかし、何ができるか、いろいろ調べても一向に目途がたちません。そのうち、リーダ格の先輩が、ある零細企業に株主として全員が入社する、そして経営に参加するという案を提示しました。その会社の社長と既に話がついていたのです。そして、とうとう先発組と後発組に別れて退職することになりました。

 結果として、それは大失敗でした。しかし、この時の破れかぶれと見える行動は、私にとって、非常に大きなプラスとして作用することになったのです。

続く

 参考 「心の傾向性の修正方法」 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/4-7mentalcorrection.htm

 

posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 人生 | 08:44 | comments(0) | trackbacks(0) |-