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2.色即是空、空即是色−諸行無常/人間の輪廻転生

◆◆◆ 4−空(くう)と無(む)の思想 ◆◆◆ 

はじめに
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◆ゞと無は縦糸と横糸の関係
1.空の思想
1−1ネットで調べた『空の思想』
 ゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋
◆ 抜粋1について
◆ゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋
◆ 抜粋2について
 空 (仏教) - Wikipedia から抜粋
◆ 抜粋3について
ぁゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋
◆ 抜粋4について
1−2 真説『空の思想』
 ゞ/本質の存在−すなわち理念、エネルギー、仏性、神性
◆ゞ/本質が存在する空間−高次元世界の存在
空/エネルギーと理念、仏性、神性
ぁゞ/死後の世界

−−−−−−−−−2010.11.04に続く−−−−−−−−−−−−−−

2.色即是空、空即是色−諸行無常/人間の輪廻転生

 ここまで、単に空についてのみ、考えてきました。もう少し、広い視野で観てみましょう。

2−1 実在界とこの世の関係

 森羅万象すなわちこの世に存在するあらゆるものは、一時も休まず変化していく、これを諸行無常と言います。その変化していく《もの = 色(しき)》の背景には、目には見えない変化しないもの、存在をあらしめている《本質》が厳然として存在する、これを空と釈迦は呼びました。

 人間の本質は霊であり、永遠不滅の命を持つ。この場合、肉体は目に見えるものですが、目に見えない霊が人間の本質であり、肉体が変化し衰え消滅しても、霊は変わらずに残ります。すなわち、この場合の空とは、霊の世界、すなわち実在界を指す言葉となります。

 ですから、般若心経にある『色即是空、空即是色』という言葉は、この世という世界の背景には目には、見えない霊的世界すなわち空の世界があり、人間はその空の世界からこの世に生まれ、また肉体が滅びると空の世界へ還る、そしてまた生まれてくる、という循環すなわち人間の輪廻転生を意味したものであることが分かります。

2−2 高次元と低次元を貫くエネルギーの輪廻転生

 しかし、『色即是空、空即是色』とは、目に見えない実在界と目に見えるこの世・三次元世界を循環する人間の本質=霊魂の有様を指す言葉だけではないのです。

 ―行無常と万人に共通の時間軸

 この世の物質は全て、神の意志により、本来は目に見えないエネルギーを固定したものです。誕生、生成、風化、消滅というように常に《変化するという仕組み》が内蔵されています。すなわち、諸行無常が三次元この世の宿命であり、諸行無常という現象を介して、《万人に共通な時間軸》を形成しているのです。

 余談ですが、あの世すなわち実在界における時間軸は万人に共通ではないのです。

続く


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posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 心の浄化/発展 | 09:19 | comments(0) | trackbacks(0) |-
空/エネルギーと理念、仏性、神性

◆◆◆ 4−空(くう)と無(む)の思想 ◆◆◆

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1.空の思想
1−1ネットで調べた『空の思想』
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1−2 真説『空の思想』
 ゞ/本質の存在−すなわち理念、エネルギー、仏性、神性
◆ゞ/本質が存在する空間−高次元世界の存在
−−−−−−−−−−−2010.10.28に続く−−−−−−−−−

空/エネルギーと理念、仏性、神性

 空をもう少し正確に捉えてみたいとおもいます。

 理念、仏性、神性というものもエネルギーである事に間違いありません。それでは単なるエネルギーと何が異なるかと言えば、ある一定の質と方向性を持つエネルギーだということです。

 一定の質とは次元の高さであり、一定の方向性とは神の計画・意図・理想を意味します。これは、ものを創造するという場合、どんなものを創りたいのかという、作り手の希望や願いや企画の事です。

 ですから、様々なものには、創造者の念いが宿っています。創造者は高次元の神ですから、これを仏性あるいは神性と呼ぶわけですが、理念と言ってもエネルギーと言っても、同じ意味になるわけです。

 さらに、この世の物質は全てエネルギーでできあがっています。現代の物理学はそれを証明しており、小学生でも知っていることです。原子核分裂、あるいは核融合によって莫大なエネルギー取り出し、実際に私達の身近な所で既に応用されています。

 エネルギーという原料に理念を吹き込む事によって、エネルギーが様々な形で固定化され、物というものができあがっているのです。そして、空の概念は、死後の世界すなわち実在界においても同じ事が成り立ち、それは次元が上昇しても全く同じ事が言えるのです。

 すなわち、死後の世界は、その霊人の住む次元から見たとき、その上の次元世界は見えない世界であり、すなわち『空』なのです。

前回のテーマ、『実在界の本質』
http://www.the-seven-seals.jp/spiritworld/2-3%20Essenceofthespiritworld%20.htm

その中の『創造と破壊の法則』
http://www.the-seven-seals.jp/spiritworld/2-3%20Essenceofthespiritworld%20.htm#11−3 創造と破壊の法則−エネルギーの集中と発散

を参照してください。

ぁゞ/死後の世界

 人間は死んで肉体が消滅しても、その本質は霊魂としてあの世という世界へ行き、そこで生活するのだよ、と釈迦は教えたかったと思います。

 肉体が人間の本質ではなく、目に見える肉体と重なるように目には見えない人間の本質、すなわち霊魂が宿っており、死後にその霊魂は霊界へ行く、極楽浄土や地獄という世界があるのだよ、人間の本質は霊魂なのだよ、人間だけでなく動物や植物、そして石ころまで、仏性が宿っているのだよ、と。

 それを拡大解釈すると、私が前回のテーマで論じた『実在界の本質』というものになるのです。ですから、ネットで引用した−固定的実体もしくは「我」の無い事や、実体性を欠いている事を意味する。−などという意味ではなく、むしろ正反対の意味であるのです。いかに、仏教の言葉が理解できないものに変質しているかが、お分かりになったと思います。

 《空》が分かると、次々と理解が広がっていきます。次に『色即是空、空即是色』という有名な言葉を説明しつつ、整理してみたいと思います。

続く

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posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 心の浄化/発展 | 08:11 | comments(0) | trackbacks(0) |-
1−2 真説『空の思想』ゞ/本質の存在−すなわち理念、エネルギー、仏性、神性

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1.空の思想
1−1ネットで調べた『空の思想』
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−−−−−−−−2010.10.21に続く-−−−−−−−−−−

1−2 真説『空の思想』

 ゞ/本質の存在−すなわち理念、エネルギー、仏性、神性

 目に映る様々な現象、あるいは様々な物質と生命、すなわちこの世の全てのものは何の意味もなく存在しているのではありません。その背景には《存在させている何か》がある、これを理念と言っても良いし、エネルギーと言っても良いし、仏性・神性と言っても良いでしょう。そのものを《存在あらしめている理念》は、全てのものの一生を通じて変化しません。

 ひまわり種を蒔けば、ひまわりの芽が出て、ひまわりの姿として生育し、やがてひまわりの花が咲きます。しばらくすると、種を遺して枯れてしまい、ひまわりという形は消滅します。つまり、刻々と姿形は変化して行きますが、《ひまわり》という理念、エネルギー、仏性、神性は変化せず、種の中に遺伝子と残ります。種が消滅しても、その理念は実在界に厳然として存在し、かつ永遠に残っていきます。

 この世における森羅万象あらゆるものは、一時も休まず変化していく、すなわち諸行無常なのですが、その中で、目には見えない変化しないもの、存在をあらしめている本質が厳然として存在するのです。三次元世界から観たとき、見えない世界にその本質が存在する、これが空の本来の意味です。

◆ゞ/本質が存在する空間−高次元世界の存在

 ひまわりの種が消滅しても、その理念は存在します。理念が存在するから、ひまわりという植物がこの地上に存在するのです。では、その理念、エネルギー、仏性、神性とはどこに存在するのでしょうか。

 目には見えない、この空間に存在しています。この三次元物質世界と重なるように存在する四次元以降の高次元的存在としてそれは存在しているのです。すなわち、『空』とは、目に映るものの存在をあらしめている目に見えない理念、エネルギー、仏性、神性が存在し、その理念が存在する『空間・高次元世界』を意味する言葉でもあるのです。

 何故かというと、ひまわりというものが地上に誕生したのは、実在界でまずその理念が創られ、実在界におけるひまわりという生命体が創られ、その後、それが地上・三次元世界へ投影されて、地上にひまわりという植物が誕生したからです。

 ですから、『空』と観ぜよ、と言ったときは、物事の背景にある本質すなわち理念・エネルギー・仏性・神性を観よ、そしてその理念が存在する実在界を意識せよ、という意味になるのです。

続く、真説『空の思想』い



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posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 心の浄化/発展 | 08:48 | comments(0) | trackbacks(0) |-
1−1ネットで調べた『空の思想』の続き

◆◆◆ 4−空(くう)と無(む)の思想 ◆◆◆ 

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はじめに
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◆ゞと無は縦糸と横糸の関係
1.空の思想
1−1ネットで調べた『空の思想』
 ゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋
◆ 抜粋1について
◆ゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋
◆ 抜粋2について

−−−−−−−−−2010.10.14に続く−−−−−−−−−−

1−1ネットで調べた『空の思想』の続き

 更に続けて、ネットで調べた空についての説明を観察してみましょう。

 空 (仏教) - Wikipedia から抜粋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA_(%E4%BB%8F%E6%95%99)

−−−−−抜粋3−−−−−−
空とは何か [編集]
「空」の概念は非常に難解であるが故に、しばしば「虚無(無)」と混同されがちである。しかし本来は全く異なる概念であり、むしろこの虚無も「空」によって成立する物事の一部である。般若心経の一節「色即是空 空即是色」は、「すべての物事(色)は空によって成立しており、空こそがすなわち物事(色)である」というような意味であるが、この一節こそが空をもっとも的確に表現している。

例えば、そこらの草木を建材として庵を結ぶ場合、庵が出来上がれば庵という現象が成立していることになる。しかし、庵を分解して草木にしてしまえば、庵という現象は成立していないことになる。つまり、庵は「存在している」とも言えるし、「存在していない」とも言える。これこそが竜樹の解釈による「空」の概念である。この世のすべての物事(色)は相互に因縁によって結びつき、ある現象を構成している。つまりこの因縁の関係性こそが「空」なのである。
−−−−以上、抜粋−−−−−−−−

◆ 抜粋3について

 = 竜樹の解釈による「空」の概念である。= と説明があるように、これは竜樹個人の解釈であり、釈迦が本来意図した意味では在りません。竜樹とは、インド仏教の僧の一人と記されており、竜樹菩薩として知られているようです。

 また、=「空」の概念は非常に難解であるが故に、しばしば「虚無(無)」と混同されがちである。= とあります。虚無とは一切何もない、すなわち真空を指す言葉だと思います。空とは虚無ではないとしているのですから、一切何もないのではなく、何かがある、ということを示唆しています。その何かが空だと言っているのです。という事は、その何かとは空の本質であることになります。ですから、抜粋1、抜粋2で示したように『空とは、実体が何もない、実体が欠如した状態という意味』、と正反対の主張であるように見えます。

 竜樹は結論として、物事全ては相互に因縁で結びつき、その因縁の関係性が「空」であるとしています。因縁とは、本来、因果関係を指し、なぜそうなったのかという原因と結果の相互関係を示す言葉です。従って、『因縁の関係性』と言ってしまうと、関係性の関係性と言っているに等しくなり、理解不能になります。空という因縁の関係性とは何か、空の本質について何ら述べられていません。理解できない論理だから、これ以上の説明ができなくなるのです。

 これでは、空という意味を、誰も論理的に理解はできないでしょう。

ぁゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA_(%E4%BB%8F%E6%95%99)

−−−−−抜粋4−−−−−−
般若経の空 [編集]
『般若経』が説かれて初めて大乗仏教の根幹をなす教えが完成した。その中で、空が繰り返し主張されている。その原因の一つは、この経典を編纂した教団が批判の対象とした説一切有部の教えが、存在を現に存在するものとして固定化して観ずる事に対して、厳しい否定を表し、一切の固定を排除し尽くすための事であろうと考えられる。『般若経』の空は、このように全ての固定的観念を否定する事を主目的としている。
−−−−以上、抜粋−−−−−−−

◆ 抜粋4について

 = 存在を現に存在するものとして固定化して観ずる事に対して、厳しい否定を表し= とあります。

 これは、諸行無常、すなわち万物は一時も休まず、変化していく、やがて消滅していくという仏教の教えに矛盾を生じさせない、という意味で言ったのであろうと推測できます。物事を固定化して考えてしまいがち、あるいは固定化して観てしまうという事に対する、警告として空の教えがある、諸行無常の教えの手段としての空である、という意味の説だと思います。

 もちろん、空にはそういう側面もあるのですが、そのような消極的な意味で空という言葉が使われているのではありません。空とは、もっと積極的な意味を持ち、物事の本質にかかわる大事な概念であるのです。諸行無常はこの世から見た表面的な現象であり、『色(しき)』は諸行無常であると言っているに過ぎません。

 しかし、空はより本質的な事を指す言葉であり、空の思想こそ、この世の成り立ち、あの世の存在、宇宙の真の姿を喝破した《大いなる悟りであった》のです。しかし、小学生でも科学の基本的なことを知っている現代人にとっては、空はごく当たり前の概念であり、現代では悟りでもなんでもないのです。

 現代人は科学的領域における空を理解しつつあります。しかし、次元の異なる世界の存在、すなわち人間の本質は霊であり、霊の世界が存在するという事実を信じられない人が多い、これは物質文明に惑わされている結果であると思います。

 ネットで調べると他にも沢山の空に関する説があります。この様な説明は理解できないのが本来正しいのですが、不思議なことに、難解にすることで空を理解したと錯覚する人々(学者・研究者)が居るのです。それだけでなく、歴史的に哲学や思想として延々と論じられてきたのです。

 空の概念が非常に大切なものであることが全く分からなくなってしまっています。この混乱を知った上で、以下に示す私の真説『空の思想』を読んでみてください。

続く


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posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 心の浄化/発展 | 09:57 | comments(0) | trackbacks(0) |-
1.空の思想/1−1ネットで調べた『空の思想』

◆◆◆ 4−空(くう)と無(む)の思想 ◆◆◆ 

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−−−−−−−−−−−2010.10.07に続く−−−−−−−−−−−−−−−

1.空の思想

 般若心経にある『色即是空、空即是色』という言葉にある《空(くう)》について、その本来の意味、釈迦が言わんとした意味について考えてみましょう。この空の核となる意味が正しくわかると、色々なことが容易に理解できるようになると思います。

 その前に、釈迦の教えが化石化してしまい、哲学として思想として如何に難解なものになってしまっているかを観てみましょう。もちろん、難解であるということは、正しさとは無関係なことです。本来、易しいことは易しい言葉で語るべきであり、易しいことを難解にしてしまったのは、本来の意味がわからなくなっているからです。

 その混乱ぶりを確認した上で、私の真説『空の思想』を読めば、空という意味が如何に当たり前の事であるか、を容易に理解できるでしょう。

1−1ネットで調べた『空の思想』

 ネットで調べた空の意味を紹介します。その文章を読んで、理解できる人はいないだろうと思います。それを無理に理解しようとするところに、物事を難しくしてしまう要素、哲学的に論理をひねくり回していく要因があると私は思います。

 ゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA_(%E4%BB%8F%E6%95%99)

−−−−−抜粋1−−−−−−
 仏教の空(くう、梵: शून्य、巴: शुञ्ञ)とは、固定的実体もしくは「我」の無い事や、実体性を欠いている事を意味する。空は時代や学派によっていくつかの概念にまとめられるが、その根本的な部分ではほぼ変わらない。
−−−−−以上抜粋−−−−−−

◆ 抜粋1について

 固定的実体、我、実体性、という言葉遣いそのものに問題があります。固定的実体とは、本来の何か実体があって、それが固定されているか、されていないかを問題にする言葉です。例えば、実体を仮に《水》とすると、固定された実体とは《氷》である事になります。

 従って、実体性を欠いているとは、実体が無い、という意味となり、すなわち何もないという意味になります。

 空とは何もないという意味であるとすると、『色即是空、空即是色』という言葉に矛盾が生じます。後ほど説明しますが、色とは目に見える物質または現象を指す言葉であるのですか、そうすると、物質とは在るように見えて実は本来何もない、本来何もないのに実際は物質がある、そういう意味の言葉になってしまい、論理性を欠き、全く理解できない説明になっていきます。

 更に《我》という言葉も諸説があり、聞けば聞くほど本当に分からなくなると思います。しかし、《無我》という言葉がありますが、本来の正しい意味の《我》があるのです。それが無いのが無我なのであり、無我は何も無いという意味ではありません。これは、《無》と深い関係がありますから、そこで考察してみたいと思います。

 更に、空について別の説明を見てみましょう。

◆ゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA_(%E4%BB%8F%E6%95%99)

−−−−−抜粋2−−−−−−
仏典の用例 [編集]
「自我に執着する見解を破り、世間を空として観察せよ」 -- 『スッタニパータ』
「空虚な家屋に入って心を鎮める」 -- 『法句経』
「常に気をつけて、世界を空であると観ぜよ」[1] -- 『法句経』
「この講堂には牛はいない、牛についていえば空(欠如)である。しかし比丘がおり、比丘についていえば空ではない(残るものがある)」 -- 『小空経』(中部経典、中阿含経)
欠如と残るものとの両者が、空の語の使用と重なり説かれている。これから空を観ずる修行法が導かれ、空三昧(ざんまい)は無相三昧と無願(無作)三昧とを伴い、この三三昧を三解脱門(さんげだつもん)とも言う。・・・・・・・・・・
−−−−以上、抜粋−−−−−−−−

◆ 抜粋2について

 筆者は、仏典についての知識が全くありません。空という言葉を、ものが欠如している状態という意味であるとしていますが、実に空しい修行方法だと私は思います。そこから、何かを得ることができるのか、何かを悟ることができるのか、非常に疑わしいと私は思います。

 ある人が、空と観ぜよ、と言いました。弟子が、分かりました、空と観じました、言ったとします。お互いに何かを悟った気分を味わう事ができるかも知れませんが、これでは自慰的行為と何ら変わりありません。

 牛は居ないから空である、比丘(男性の僧侶)は居るから空ではない、としているのは実に滑稽な説明であり、釈迦がこのような言葉遊びをしたわけがありません。しかし、この様な空虚な解釈と説明をせざるを得ないほど、混乱し、分からなくなっているのです。自ら掘った落とし穴に堕ちて、なんとか這い上がりたいともがいている姿に似ています。

 続いて、更に別の説明をみてみましょう。

続く


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4−空(くう)と無(む)の思想 はじめに

 ◆◆◆ 4−空(くう)と無(む)の思想 ◆◆◆ 

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資本主義崩壊のプロセス

−−−−−−−−2010.09.29に続く−−−−−−−−−−−

はじめに

 空と無という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。そしてなにやら哲学的な響きを持つため、悟りそのもの、または悟りに至る大切な概念、というような漠然とした思いをもつのではないでしょうか。悟りと言えば言えないことはありませんが、しかしそれは入り口の話であり、永遠の心の探究・修行として考えたとき、それは真の学びのための原点にしか過ぎません。

 空と無の思想に関する私の見解を読めば、たちどころに読者は理解し、何だそんなことだったのか、そう思われるはずです。釈迦が衆生に説いた時代と現代を比較すると、思想的にも、文化的にも、科学的な知識においても、現代の普通の人は釈迦の時代の庶民と全く異なるのです。

 _柔于修靴進教

 おそらく仏教学者や哲学者は私の見解に対して、それは違うと言うでしょう。何故なら、私の見解は思想でも哲学でも無いからであり、現代人の理解力をもってすればごく当たり前の事ですから、議論になりません。従って、私はどちらが《真の空と無の思想》かを争うつもりは全くありません。

 しかし、全く教養や知識が無く、読み書きができない当時の普通の庶民相手に釈迦が講演し、あるいはそれまで普通の庶民だった人を弟子とし、その弟子達に語った言葉を編纂したのが仏教という宗教の基になっています。ですから、本来は庶民が理解できない難解な思想を語ったのではありません。

 そのような時代背景と、その後、仏教が多くの言葉に訳されたり変遷してきた歴史、そして何よりも数千年という時間の中で、人間の知と意によって化石化し歪められてきた背景があることを理解した上で、仏教の言葉を考える姿勢が大切だと私は思います。

◆ゞと無は縦糸と横糸の関係

 先日、私が経営する会社の幹部の一人が、脳梗塞で入院しました。幸いに回復が可能な程度なので安心しましたが、それでも最低数ヶ月はかかると思われます。その数ヶ月前には彼の奥さんがやはり軽い脳梗塞で入院しました。彼のお母さんも、10年ほど前に植物人間になったままです。

 私が死後の世界の話をすると、彼は一笑に付します。彼だけでなく、実際には多くの方がそうです。精神世界の友人を除き私の生活圏または身近にいる人で、死後の世界を確信している人は皆無です。長女はかなり精神的な世界が理解できるレベルに達していますが、死後の世界を確信しているようにはまだ見えません。

 人間は病気をしたり、経済的あるいは精神的な苦悩という人生の砥石によって磨かれ、この世の成長過程で付着した心の錆と垢を落とすことで、この世の表面的な現象の奥に、実は見えざる実体、理念、エネルギーが存在するのだという事が次第に感じられるようになっていきます。

 結論を言うと、実はこれが『空』であり、見えないものをより確かに正しく観るための心の持ち方、これが『無』であるのです。空に迫るための無であり、縦糸と横糸の関係にあります。では、空と無の本論に入ります。

続く


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空と無の思想−プロローグ

◆◆◆ 4−空(くう)と無(む)の思想 ◆◆◆      

プロローグ


 .曄璽爛據璽犬悗UP終了

 ブログを再会します。半年以上に渡って、死後の世界・実在界の本質について様々な角度から考察しました。ホームページへのUPを終了しましたので、全文を通して読んでみたい方は参照してください。

「七つの封印」http://www.the-seven-seals.jp/
「実在界の本質」http://www.the-seven-seals.jp/spiritworld/2-3%20Essenceofthespiritworld%20.htm

◆ー,離董璽沺人縦衒儿

 次の予定として『地獄界の構造』と題し考察を進めるつもりでしたが、突如として『空(くう)と無(む)の思想』について整理してみようと思い立ちましたので、予定を変更します。空と無の思想というと、なにやら難しい思想であり、高度な悟りのようにお考えの方が多いのではないかと思います。

 全くそうではありません。ごく何でもない、当たり前のことです。化石化した仏教哲学が難しくしてしまっただけだと思います。しかし、精神科学・精神世界の探求者であれば、大事にしたい基本的な『心がけ』であることをお話ししたいと思います。

 ただし、原稿がある程度できあがるまで、もうしばらくブログへの投稿はできませんのでお待ち下さい。

 ブログへの記事投稿の間隔

 ブログを始めた当初は3回/週、この一年ほどは2回/週でしたが、仕事の関係やその他にいろいろと時間がとられる事が多くなり、一回/週または多少不定期になるかも知れませんので御了承下さい。

資本主義崩壊のプロセス

 余談ですが、今年の初めに資本主義崩壊の年になるか、と題して記事を投稿しましたが御記憶の方もおありだと思います。http://thelawsofgod.jugem.jp/?cid=16

 その後、ギリシャの財政破綻の問題が大きく報じられましたが、ヨーロッパの内情は更に深刻化が続いています。また先進各国の景気対策も財政難から手詰まり感が出てきました。第二、第三の経済危機となるであろう潜在エネルギーが臨界点に達しつつあります。今秋から暮れにかけて表面化するのではないかと思います。

 それは、来年2011年以降、ヨーロッパ各国の財政破綻、とりわけイギリスの財政破綻が表面化したとき、ドルの暴落、NYの市場暴落の引き金を引き、合衆国の財政破綻、そして日本国の財政破綻、本格的な世界恐慌に発展するだろう、と私は思います。

 私がたった今読んでいる本を紹介しますので、興味がおありの読者は是非参照することをお奨めします。困難な時代をシャケのように積極的に明るく生き抜くための原点は、まず最初に正しい情報を得ることです。そのためには、正しい情報を伝えている著者を見分けることが非常に大切です。それは、著者の過去の実績によってしか見分けることはできません。この本の著者は私がかねてから注目している一人です。

「2011年ユーロ大炎上」松藤民輔著 講談社 
http://www.amazon.co.jp/2011%E5%B9%B4%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%AD%E5%A4%A7%E7%82%8E%E4%B8%8A%EF%BC%81-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%BE%A9%E6%B4%BB%E3%81%AE%E5%A7%8B%E3%81%BE%E3%82%8A-%E6%9D%BE%E8%97%A4-%E6%B0%91%E8%BC%94/dp/4062165821/ref=sr_1_1?s=gateway&ie=UTF8&qid=1285717955&sr=8-1


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神理の総合HP 「七つの封印」 http://www.the-seven-seals.jp/

posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 心の浄化/発展 | 09:09 | comments(0) | trackbacks(0) |-
謙虚さと感謝

◆ 1−14 謙虚さと感謝

 《謙虚さとは、感謝できる心ではないかと思います》という読者からの御意見をいただきました。謙虚さと感謝する心にはどういう関係があるのだろうか。果たして本質的に同じかどうか、どうも違うように思えますので、しばらく考えておりました。そこで、今日はこの問題について私の考えを述べてみたいと思います。

 仝虚さ

 まず、謙虚さについては、人間の魂・心が成長していくために、必要不可欠な心の姿勢であるという結論を得ました。

◆ヾ脅佞慮彊

 では、感謝できる心はどのようにして湧いてくるのだろうか、と考えてみると、どうやら自分が生かされている存在である事を知るだけでなく、実感をもって感じることができる、そういうことだと思います。

 言い換えれば、神という源から流れ出ている愛によって自分は生かされている、そして神に感謝する気持ちになる、更にその愛を自分だけに止めるのではなく、自分から他へその愛を流していきたい、それが報恩の気持ちであり、様々な感謝行・奉仕活動などとなっていくことになります。

 感謝と愛の導管

 風は絶えず空気が流れることで生命を得ており、空気が止まれば風は死にます。愛も同じであり、受け継がれいく事で愛は愛としての生命を得るのであり、止まればそこで愛もまた死ぬ事になります。ですから、神から流れ出た愛を自分のところで止めたならば、いくら感謝ができても、それは独りよがりの感謝であり、本物の感謝にはならないという事です。

 ではどのようにして、神の愛を流し続けられるか、愛の導管となれるでしょうか。本題と離れますので、簡単に私の考えを述べる事にします。

 奉仕活動や特別な感謝行として目に見える活動をすることも一つではありますが、問題は形式に走り、真の愛の導管となっている自分であるかどうか、そこが問われるでしょう。外見ではわかりませんが、神は全てを御存知です。むしろ、形式にこだわると、それはその瞬間に本物では無くなります。偶像崇拝に似て、ここに注意しないと落とし穴に落ちます。

 特別な事をすることを神は望んではいないと私は思っています。平凡な日常の仕事、子育て、家事などを通じてその中に愛を込めていく、そういう気持ちを持ち続けていく、それが神への本当の恩返しであり、また他との調和を保つことができ、また育んでいくことができる、そう思います。もちろん、小さな事でも《何か一つ良いこと》を、人知れず日々続けたとしたら、更にすばらしいと思います。

ぁ ̄宙の二大原理/進歩と調和

 この世で大切な原理があります。それは進歩と調和です。進歩を別の言葉で言えば、発展であり、繁栄であり、成長であり、進化です。調和を別の言葉で言えば、愛であり、感謝であり、報恩であり、協調であり、共生です。

 空(くう)すなわち神の時空間は、進歩を縦糸、調和を横糸にして、目には見えない布が張り巡らされています。進歩の原理だけでは、弱者と強者を産み、争いを産み、不調和の原因となります。一方、愛は平等であることがベースになりますから、進歩というベクトル(方向と意志)を持ちません。それだけでは、やがて怠惰を生み、退化の原因になり得ます。

 神は我が子の成長と、皆が仲良く幸福である事、その両方を願っています。これが、宇宙の二大原理となり、そして神理はこれをベースにしてできあがっています。ですから、このことを念頭において学びを深めていかないと、神の心、正しさの基準を見失うことになります。

ァヽ悗咾隆靄棔晋虚と感謝の心

 結論として、謙虚さは二大原理の一つである進歩に係わる心、感謝は調和に関わる心であることがわかりました。二つとも大事な心であることを心に刻み、神の御心に沿う修行の王道を歩いていきたいものです。

続く

参考 「心の傾向性の修正方法」 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/4-7mentalcorrection.htm

 

posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 心の浄化/発展 | 10:17 | comments(0) | trackbacks(0) |-
謙虚さの本質

◆ 1−13 謙虚さの本質

 二人の読者から謙虚さについてのコメントをいただきました。そこで、謙虚さの本質について、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。順不同で、私が前述した内容を要約すると、

 仝虚さに近い言葉は素直さではないか。
◆/世郎任盡虚な方である。
 悟りの階梯を登り続けるには、謙虚さを忘れてはならない。
ぁ“疹覆噺虚さの度合いは互いに進化する。
ァ仝虚さの究極は無我に通じ、それは神の心でもある。
Α/世旅颪任蓮謙虚さが最も尊い。
А“疹覆鮴気靴行うには謙虚さが必要不可欠。

 この様な内容で、謙虚さについて考えて参りました。ここで、素直と謙虚さの違いについて考えてみましょう。こういう風に考えてみるとどうでしょうか。

 《子供のことを素直と言うが、謙虚とは言いません》
 《大人に関しては、素直と謙虚という両方の言葉を使用することができる》

 ということは、謙虚は素直を包含している事になります。では、謙虚にはどういう要素が更に必要なのでしょうか。大人と子供の違いは何でしょう。力や知恵の差、様々な経験の差、価値観や世界観の差が、圧倒的に異なりますね。自分の目で確かめられる世界、想像できる世界など、どれをとってもずいぶん大きな差があることに気がつきます。

 大人と子供の違いを、人間と神に置き換えてみたらどうでしょうか。人間は神の子ですから、全く同じです。やはり、圧倒的な差がありますね。イエスは言いました、《幼子のように心を入れ替えなくては天国に入れない、天国では謙虚さが最も尊いのである》と、マタイ[18-4]を引用して私はそのように説明してきました。

 すなわち、《神は最も謙虚な方である》ということは、魂の成長するほどに、すなわち悟りが深まるほどに、経験が豊富になるほどに、勉強すればするほどに、より謙虚になっていく、そして謙虚さとは無限の深さを持つ、という事が明確に認識できると思います。

 学べば学ぶほど、より広い世界感を獲得し智慧も深くなっていきます。そうすると、小さな虫、自然、あらゆる事柄の中に、神の息吹を感じる事ができるようになります。つまり、あらゆる事柄、あらゆる人から学ぶべき事があることに気づくわけです。ですから、大人が子供に接するとき、子供の中に神性を観、神を感じる自分であるならば、子供からも多くを学べるはずです。

 小さな虫達がせっせと働く姿に、また朝露に濡れた草の葉に、透明な小さな水滴が朝陽を浴びてきらきらと輝きながら、今にも落ちそうになっている、そういう中にも、広大な宇宙が存在し、一つの閉じた世界(次元という世界)がある、そういう姿を観るということです。

  冷気触れ 宿りし玉も 一世界
                  朝陽を浴びて また露と消ゆ

 三年前のつたない歌ですが、私の言いたいことがわかっていただけるのではないかと思います。神もまた、人類の進化、魂の成長を願いつつ、我が子の教育を通じて自身が更なる成長を続けているのです。(ここの神は、地球統治の神、九次元の大指導霊を意識して言っています)神が最も謙虚な方である理由がお分かりいただけたと思います。

 《実るほどに頭を垂れる稲穂かな》

これが、謙虚さの本質という事が言えます。そして、謙虚さ、悟り、真我、無我と極めて近い大切な言葉であると思います。

 ですから、歳を取るに従い、学びが深まるほどに、また修行が深まるほどに、謙虚になっていく自分を感じ、またはなろうと自分を意識することができるならば、その方は少なくとも《修行の王道》を歩いている、そう私は思います。

続く

参考 「心の傾向性の修正方法」 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/4-7mentalcorrection.htm


posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 心の浄化/発展 | 09:46 | comments(0) | trackbacks(0) |-
自己改造三点セット

◆ 1−10 自己改造三点セット

 反省は、過去の心の動きを正しさという指針に照らして観察していきます。しかし、それだけでは毎日木の葉が庭に落ちるがごとく、また草があちこち生えてくるがごとく、幾ら反省しても心の庭掃除は減っていきません。

 そこで大抵の方は、もういいや、となるのではないでしょうか。山の中に籠もってる仙人か修行僧、また出家者であれば、社会との接触や人との接触がありませんから、過去の反省を徹底的に行えば、後はもっと高度の反省に移ることができるかも知れません。少なくとも、当分のあいだ、落ち葉が心に積もるということはないでしょう。

 しかし、この複雑で多様な価値観が充満している社会や環境から様々な想念が発信されており、また職場では仕事のストレスを受け、家に帰っても子供とのコミュニケーションで悩む親も多いように、山に籠もっているのとは異なり、現代という時代においては様々な想念の嵐から私達は逃れることができません。

 ですから、反省を幾ら徹底的にやったとしても、それだけではなかなか落ち葉の数が減っていかないのです。掃除ばっかりしていると、いやになるのは道理です。であれば、ゴミや落ち葉が落ちないように、また草が生えにくいように、まず基本的な対策をした上で、尚かつ落ちた枯れ葉やゴミ、生えてきた草を反省で取り除く様にする方が、合理的です。

 そして自己改造も早いのです。そこで、私が今まで説明してきたことをまとめてみましょう。

 /瓦隆兒,僚慣
  日々の心の動きを観察する習慣を身につける。そして、瞬時に軌道修正する。

◆\在意識の改造
  自分の直したい心の傾向性(カルマ)、成功のための条件、目標となる指針などをなるべく具体的に書いて、それを日々潜在意識に叩き込む。

 反省
  日々反省する習慣を持つ。,汎瓜に行っても良い。

 目覚めている瞬間・瞬間、常に自分の意識の動きを自分で見つめながら生活をする、最初は難しく感じるかも知れませんが、何事も習慣にすることが大切です。やがて、努力しないでもそうしている自分を発見するでしょう。これは、常に真我を心がけるに等しい作業です。何故なら、観察するのは真我によってだからです。

 潜在意識に叩き込むというのは、何年もかけてやる、成功するしない、そういうことを考えずに、やり続ける、そういう習慣を付ける、歯を磨くようにです。やがて、あっ、この場面は要注意だな、と瞬時に頭に浮かぶようになります。

 失敗や誤りを幾ら反省しても、なかなか直りません。同じ事を数回程度反省しても、直すのは難しいのです。ですから、何回も生まれ変わることになります。何故なら、失敗癖がついているからです。ですから、成功するためには、成功体験を積み上げ、失敗癖を強制的に直せばいいのです。癖というのはこういう事です。

 荷車の車輪を思い浮かべてください。舗装していない道に轍(わだち)ができる、自分の意志に逆らって車輪はその轍(わだち)に沿って進む、やがて脱線して転覆する。何度やっても転覆します。また失敗した、と反省する、また失敗する、また反省する・・・・。

 これは、心の中に正しい、成功するための轍(わだち)を刻み込む作業です。ですから、一度や二度ではできません。そのかわり、一旦、しっかりとした轍(わだち)ができ、それに沿って心が動くようになると、ますます轍(わだち)が深くなり、外れることがなくなります。

 ですから、潜在意識に成功する方向へ行くための轍(わだち)を強制的に創るのです。そうすると、自然と成功する、それが成功哲学であり、自己改造なのです。そのために、潜在意識に繰り返し暗示を与える必要があります。

 私は、何十項目も紙に書いて、毎日暗唱して10年余りになりますが、大分自分の感情をコントロールできるようになったという実感が出てきました。毎日一回、一年で365回、十年で3650回、三十年で約10,000回です。何回も生まれ変わらなくても、必ず成功する、自己改造ができる、とそう皆さんは思わないでしょうか。

 人と人との関係や、感情のコントロール、に関係したことを改造するのは難しい問題ですが、単なる良い習慣を付ける、手順などで失敗しないための事項であれば、簡単に直ります。紙に書いて壁に貼り、目にとまったとき、毎回心に刻む作業をしていると、いろいろな事が生活の中でどんどんと改善していきます。これは、自己保存欲、顕示欲などの原因から発している事ではないからです。

 成功のための秘訣は、生活の中に取り入れ、習慣にすることです。歯を磨くように、そして少しづつ。やがて、何の努力もせずに、できるようになると思います。毎日、一個ずつレンガを積むだけで、やがて巨大なピラミッドができあがるように、一日10分もあれば、やがて大きな貴方の心の財産となると私は思います。

続く

参考 「心の傾向性の修正方法」 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/4-7mentalcorrection.htm

posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 心の浄化/発展 | 09:31 | comments(0) | trackbacks(0) |-