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А〔飢罎判法無我における我とは何か

◆◆◆ 4−空(くう)と無(む)の思想 ◆◆◆ 

はじめに
 _柔于修靴進教 ◆ゞと無は縦糸と横糸の関係
1.空の思想
1−1ネットで調べた『空の思想』
 ゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋 ◆ 抜粋1について
◆ゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋 ◆ 抜粋2について
 空 (仏教) - Wikipedia から抜粋 ◆ 抜粋3について
ぁゞ (仏教) - Wikipedia から抜粋 ◆ 抜粋4について
1−2 真説『空の思想』
 ゞ/本質の存在−すなわち理念、エネルギー、仏性、神性
◆ゞ/本質が存在する空間−高次元世界の存在  空/エネルギーと理念、仏性、神性
ぁゞ/死後の世界
2.色即是空、空即是色−諸行無常/人間の輪廻転生
2−1 実在界とこの世の関係 2−2 高次元と低次元を貫くエネルギーの輪廻転生
 ―行無常と万人に共通の時間軸 ◆.┘優襯ーの輪廻転生 
 真説『空の思想』の整理
3.無の思想/無我とは何か 3−1ネットで調べた『無の思想』
 〔 ◆ 抜粋1の解説 ◆〆欧亮詑検進教思想の『無』◆ 抜粋2の解説
3−2真説『無の思想1』心の在り方としての無−無我
 ―ゞ気量榲 ◆ー甓爐糧正道  正しさとは何か ぁ〆欧粒放
ァ〔気箸浪燭 Α〔気粒容
−−−−−−−−−−2010.12.16に続く−−−−−−

А〔飢罎判法無我における我とは何か

 『諸法無我』という言葉があります。諸法とは諸行無常の諸行と同じで、この世に存在しているあらゆるもの、という意味です。これをネットで調べると、

−−−−−−−−−−以下抜粋−−−−−−−−
http://dic.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&dtype=2&ei=utf-8&p=%E8%AB%B8%E6%B3%95%E7%84%A1%E6%88%91
諸法無我−『仏 三法印の一。あらゆる事物には、永遠・不変な本性である我(が)がないということ。』
−−−−−−−−−−以上抜粋−−−−−−−−

 と書いてあります。こういう説明が通説となっているようですが、私の説は全く正反対に近いものです。読者は私の唱える真説『空の思想』、真説『無の思想1』を読んでこられましたので、この『無我』と『諸法無我』の本来の意味をおおよそ類推ができるのではないかと思います。

 諸行無常すなわち森羅万象あらゆるものが流転していく中に、変化しない本質が目に見えないエネルギーとして存在している、そのエネルギーまたはそのエネルギーの存在する次元空間のことを空と呼ぶ、と説明してきました。宗教的な意味の無とは、無執着すなわち、物事にとらわれのない心の状態、言い換えれば心を解放し、魂を開放するという意味である、と説明しました。

 そして我とは、物事にとらわれたり、迷いの中にある人間の心の状態、すなわち我欲の心を指して言っているのです。これを別の言葉で偽我と呼んでいます。そして、偽我に対して真我という言葉があります。

 『真我と偽我』の項目を参照して下さい。
 http://www.the-seven-seals.jp/mindworld/2-6trueself.htm

 無我とは、無執着でとらわれのない心の状態、つまり偽我を克服し、真我の状態になることを言うのです。人間は高度な心、言い換えれば創造力であり、それを生み出す自由意志を持っているために、輪廻転生の成長の中で様々な迷いの心、偽我を持つこともあるのです。

 従って諸法無我とは、この世に存在するあらゆるものには偽我が無い、すなわち我欲とか迷いが無いという意味です。無我と諸法無我を理解した上で、更に説明すると次のようになります。

 諸法は無我である、すなわち動物も植物も、鉱物も空気や水も流れゆく雲も、とらわれのないありのままの心(仏性・神性)で流転していく。しかし、人間だけは我欲にとらわれ迷いの中にある、その迷いや我欲にとらわれた執着の心は、神の子としての人間本来の心の状態ではない、その迷いと執着のない心となれ、無我となれ、すなわち本来のありのままの心となって生きよ。と、釈迦は教えたのであろうと、私は思います。

ですから、前述のネットで調べた記述において、『仏 三法印の一。あらゆる事物には、永遠・不変な本性である我(が)がないということ。』  これを正しく書き直すと、

 正法無我−『あらゆる事物には永遠・不変な本性である我、すなわち神性・仏性・真我があるが、人間のような迷いの心、すなわち偽我はないということ。』

 これが、我、無我、諸法無我の本来の意味です。次週は無我の境地について考えてみましょう。

続く


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posted by: 窪田光治 (くぼたこうじ) | 心の浄化/発展 | 08:21 | comments(0) | trackbacks(0) |-
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